筒井多圭志『ADSL―Asymmetric Digital Subscriber Line』

SoftbankBBの立役者によるADSL技術サーベイ

もはや物理層としてのADSLは光化によって駆逐される過去の技術であり、この本を技術的興味から手に取る人もいないでしょう。可聴帯域を超える電気信号を細かく帯域に分割して電話線に流し、デジタル信号処理によって可能となる高度なエラー訂正によって高速通信を可能にするという意味では無線の(携帯電話の)スペクトラム拡散通信とも共通の基礎をもつADSLの技術は、冷戦の終結によって民生転用可能になったかつての軍事レベルの技術ですが、同時にV.22/V.22bis→V.32/V.32bis→V.34→V.90と高速化した(可聴帯域用の)アナログモデムの延長線上の技術でもあります。
学生時代のCコンパイラ開発で一部には知られていた著者はデジタル信号処理と通信技術を知悉しており、工学部から医学部に編入、医師としてデジタル補聴器の開発などに携わり、当時再開発が行われていた六本木ヒルズの情報インフラの設計に関わった後、1990年代後半にSoftbankBBのADSL事業の技術面での中心人物となり、ISDNとの干渉などNTT系の技術者との論戦などで矢面に立って事業を成功に導き、2013年現在も同社の執行役員です。この本には著者が会社の支援なしで(大学に在籍していたとはいえ)独力で技術論文や特許を調査して理解した情報が沢山詰まっており、予備知識の無い人にはこれらがすべて公開情報から調べることができるとは信じられないと思います(今はGoogle Scholarや特許検索、IEEEウェブサイト等も充実しておりずっと楽になりました)。
デジタル信号処理の基本的な知識がなければ何が書いてあるかはわからないと思いますが、これだけの技術知識が、関心と若干の語学力さえあれば個人の力で収集し理解できるし、時宜を得れば大事業さえ興せるということは普通の人にとっても勇気付けられる話ではないでしょうか。
(初出:2005/5/16 Amazon.co.jp レビュー、改訂履歴不詳)

ADSL―Asymmetric Digital Subscriber Line

ADSL―Asymmetric Digital Subscriber Line