「直交する外延」:形而上学についての歴史的注釈(part 2)

※準備中の研究について、論文が完成しないかもしれないので知ってることを日本語で簡単に書いてみます。とりあえず典拠は省くので全部根拠のない与太話と思ってお読みいただけると幸いです。ご請求いただければ執筆中の論文のbibtexファイルはご提供します。

外延の世紀

本稿の観点からするとここでグラスマン(追記:兄弟)の仕事について簡単に触れておく必要を感じる。彼(訂正:ヘルマン)は二代続けてのギムナジウムの理科の先生であって、ロマン主義的な多才の人だった。言語学や結晶学、色彩論など、手を出した分野はゲーテに似ているけど、ゲーテと違って彼の成果はきちんと後世の評価を得ている。彼(訂正:ヘルマン)の数学に対する現在良く知られている貢献は、外積代数(ベクトル空間族における次元の上げ下げを考えるもの)についてのものと、算術の公理的な展開であり、後者は前者の仕事から派生したものと考えてよいだろう。結晶学は対称性を、色彩論は色空間を扱うものだから、グラスマンの数学の研究が必要だった理由がわかる。

彼の外積代数の最初の仕事は『外延量の理論、すなわち広延論、数学の新しいディシプリン』と題された本として自費出版され、この本に収録された唯一の論文がいわゆるA1論文、「数学の新分野である線形広延論」で、「広延」という単語はロマン主義者らしくラテン語起源の「外延」をドイツ語で組み直した造語だが、残念ながら定着しなかった。冗長で凝りすぎた表題に彼の言葉へのこだわりがよく現れていると筆者は思う。後年の(訂正:ロベルトの)『算術と代数の教本』が算術の公理論で、これについては後で触れる。

この例に限らず、19世紀には数学の分野で「時代に先んじた」仕事が頻発した。決闘で死んだから、夭逝したから、あるいは大学ではなくギムナジウムの先生で論文を自費出版したから、彼らの仕事は生前同時代に評価されなかったのだろうか。これらの不運・不遇は確かに目を引くが、確固たる地位を築いていたガウスガロアとアーベルの評価の遅れに彼自身少なからず責任がある)が多くの発見を自ら秘匿していたのはどうしてだろうか。陰険な性格だったからだろうか。数学者の常勤の職位は不足していただろうし、数論も代数方程式論も楕円関数論も技術的に難しい、それでさえ、筆者の考えでは、彼らの業績の正当な評価が遅れた本質的な理由ではない。

たとえばヤコビは微分幾何ルジャンドルは熱力学で今も使われ、そして今後も使われ続けるだろう基本的な道具を提供したが、彼らが数学者として「時代に先んじた」とは誰も言わない。彼らの貢献が局所的、累積的な性格のものであったことが彼らの生活上の幸運と関連していないかどうか、一考の余地はあるだろう。要するに、見ればその価値が誰にでもわかるような具体的な性格の仕事でなければ、最初から完成された形を呈示するのはよくないのだが、例えばよりによってアーベル多様体について(筆者が門外漢の特権で今まさにそうしているように)不徹底、不完全な理解のまま何かを言うことを、数学者の感性は許すものだろうか。

リーマンの講演を聴いた晩年のガウスが帰り道でどうのこうの、というウェーバーの報告を筆者はまだ読んでないけど、とりあえずこれが事実無根のデマでないなら、この仕事「幾何学の基礎にある仮説について」がデデキントの尽力でリーマンの死後に発表されることになったことを、無視の結果と考えるのは無理がある。

ともあれ、死後に発表されたリーマンの論文を読んだヘルムホルツは即座に「幾何学の基礎にある事実について」という論文を書いて反応した。なぜなら、ヘルムホルツが書いているところによれば、視覚の研究から(カントが先験的とした)空間的直観の起源の考察へと導かれた彼は、「本質的にリーマンが辿ったのと同じ道を通って」研究を進めていたのであり、未練がましく彼はリーマンが自分の色彩論研究を引用していることを根拠にある種のプライオリティを主張している(ヘルムホルツもグラスマン同様、色空間を直交座標空間とは別の3次元空間として重視していたのだ)。そしてヘルムホルツ微積分によって3次元擬ベクトル空間を構成する。

ヘルムホルツの量の理論「認識論的観点からの計数と計量」はこれに引き続いて書かれた。ここでヘルムホルツはグラスマンの広延論と算術の公理論を引いて、算術からベクトルの反対称積までを論じてゆく。(追記:そしてこれに同期付けられたノルウェーの数学者がいて、ソフス・リーという)

同じようにグラスマンの広延論、算術の公理論を読み込んでいたのが、ペアノだった。

H Grassmann(1844, 1878) Ausdehnungslehre
R Grassmann(1872) Die Formenlehre oder Mathematik,
Helmholtz(1887) https://link.springer.com/chapter/10.1007/978-94-010-1115-0_3